AI入門セミナーが出来なかったはなし

皆さん、こんにちは。

8月の雨記録もようやく収まり、夏らしい天気になってきましたね(おそっ!
長雨で、1993年米騒動の再来か!などと騒がれていましたが、この1993年の米騒動のとき、ボクは新卒で入った会社にまだ勤めていまして、昼飯におにぎりを持参していました。で、ジャポニカ米が無くなったので、タイ米でおにぎりを作ってもらい、持参して昼飯で食べたところ、このタイ米…冷めるととてつもなくマズかった。
そんな苦い思い出がよみがえります…。このまま天気の良い日が続き、ちょっとでも改善してくれると嬉しい限りです。
…とは言え、おにぎり持参はもうやっていないし、そんなにたくさんお米を食べることもなくなってきたので、たぶん、そんなに困らないような気もするけどね。

さて、今回のネタは、AI入門セミナーが出来なかったはなしです。

ある日のこと

8月某日、IoT関連で色々と取組みをされている会社の社長さんから、〇〇さんに紹介されたとのことで、8/30に石川県加賀市で、質疑応答込み2時間のAI入門セミナーをやってくれないっすか?という話がきました。

やりたい!

よねー、やっぱし。まぁ、最近大流行のキーワードですしね。
それに、最近、この手の話を、いろんな方々とお話しているところだったので、かなりのタイムリーな感じだったし。

が!
この日は、仕事が入っている!あーんど資料を作る時間がない!ということで、泣く泣くお断りをさせていただきました…。
うーーん、残念…。
加賀市にも、北陸新幹線にでも乗って行きたかったんですけどね。
資料作りにしても、小ネタが取り揃っているなら、資料作りに困らなかったなぁ…なんて反省したり。
ということで、今後も、いつ降ってくるかも知れないAI入門的なネタについても書きとめておこうと思い、今回のブログは始まります。

AIって何?

まずは、こんなネタから始まるでしょーということで、AIってなんじゃらほいというお話です。
AIは、Artificial Intelligenceの略で、人工知能と訳され、この人工知能は、IT用語辞典では、次のように定義されています。元ネタは、こちら

人工知能とは、人間の脳が行っている知的な作業をコンピュータで模倣したソフトウェアやシステム。具体的には、人間の使う自然言語を理解したり、論理的な推論を行ったり、経験から学習したりするコンピュータプログラムなどのことをいう。人工知能の応用例としては、専門家の問題解決技法を模倣するエキスパートシステムや、翻訳を自動的に行う機械翻訳システム、画像や音声の意味を理解する画像理解システム、音声理解システムなどがある。人工知能を記述するのに適したプログラミング言語としてLispやPrologなどが知られている。

要は、学習・推論・認識・判断などの人間の知能を持たせたコンピューターシステムのことを指します。まぁ、これは一般的な話。実は、その正確な定義は、研究者によって異なっている状況にあることからも、定義出来ないやんみたいなことになっています。

なんで、こんな状態になっているかというと、まずひとつには、そもそも「知性」とか「知能」だって定義できないでしょ?といった感じで、そこが定義出来ないのに、人工的な知能についても定義することも難しいよね..という指摘もあるようです。
もうひとつが、人工知能に関する研究領域の違いで、機械学習ディープラーニングといった基礎分野と、画像認識音声認識自然言語処理といった応用分野があって、それぞれが独立したカタチで進化しちゃっているっていう点です。まぁ、それぞれの分野で研究している人たちもたくさんいますので、その人たちやその人たちが行っている研究領域をひとまとめにして人工知能と定義するのは難しい状況…ということです。

とはいえ、人工知能って何?と聞かれたときに、定義なしだね…とは言えないですから、なんとなく、こんな感じだけでも良いかと…。
人によっては、人工知能=機械学習とバッサリ言い切る人もいたりしますからね。自分で理解した定義でも、現時点では良いのではないかと思っています。とりあえずは、このブログ内では、こちらの定義でいきたいと思います。

学習・推論・認識・判断などの人間の知能を持たせたコンピューターシステム

AIの歴史

あまり古い話を書いても仕方がないので、ここでは、1950年代からの歴史を、下図に記載します。

これまでも、盛り上がっては消え、盛り上がっては消えを繰り返しながら、現在の第三次人工知能ブームを迎えています。

第一次人工知能ブームは、1950年代後半~1960年代くらいで、コンピュータが推論探索することができるようになり、問題に対する解を提示できるようになったことがブームのはじまり。が、当時の人工知能では、単純な仮想の問題を扱うことはできても、複雑な現実の問題を解くことはできないことが明らかになり、一転して冬の時代へ向かうことに…。

でね、ちょっと話が脱線しますが、このころに出来たELIZAって知ってますかね。イライザって読みます。図の中にも書かれていますが、人工対話システムです。MIT(Massachusetts Institute of Technology:マサチューセッツ工科大学)のジョセフ・ワイゼンバウムが、1964年から1966年にかけてELIZAを書き上げた、いわゆる人工無脳(チャットボットね)の起源となったソフトウェアのことなんです。対話って言っても、音声で会話するシステムではなくて、テキストベースであたかも会話しているように見せる対話システムでした。

まぁ、こちらも見てみてください。なかなかに興味深い内容なので…。

で、AppleSiriの話になるんですけど、Siriは、ご存じのとおり、Appleの音声アシスタントですよね。で、最近のAIのトレンドとして機械学習があるわけなんですが、Siriは、この機械学習を取り入れています。Apple公式サイトでも、Siriについて「Appleが開発した機械学習テクノロジーが組み込まれている」と明言されています。でね、このSiriに、イライザについて尋ねると「彼女は私の最初の先生だったんですよ!」と答えるのは、イライザが対話システムの原型だったことに由来しているって訳です。この時期あたりで、初期のSiri(Siriじゃないですけどね)が出来たって考えると、感慨深いものがありますけどね。

で、話をもどしましょう…。
第二次人工知能ブームは、1980年代です。知識を活用することで人工知能が実用可能な水準に達し、多数のエキスパートシステムが生み出されました。日本では、政府による第五世代コンピュータと名付けられた大型プロジェクトが推進されましたが、知識そのものは、コンピュータが理解可能なように人が記述する必要があったことから、実際に活用可能な知識量には自ずと限界があることがわかり、1995年頃から冬の時代へと向かいます。
最近では、黒歴史的な感じで語られることもある第五世代コンピュータですが、これは、当時の通商産業省(通産省)の肝入りで進められた次世代コンピュータ研究プロジェクトICOT(Institute for new generation COmputer Technology, 1982~1994)が掲げたキーワードで、このICOTでは、電子計算機の進化を第一世代(真空管)、第二世代(トランジスタ)、第三世代(IC:集積回路)、第四世代(LSI:大規模集積回路)と分類し、次に来るべき第五世代は、人工知能を実現するものとして定義しています。まぁ、結構なお金(税金)も使い込みましたんでね…けど、目標達成できてないじゃん!と言われることもあったって訳です。

で、いよいよ第三次人工知能ブームです。
第三次人工知能ブームは、2000年代から現在まで続いているものです。
いわゆるビッグデータと呼ばれている大量のデータを用いることで、AI自身が知識を獲得する機械学習が実用化され、次いで、知識を定義する要素(特徴表現)を、AIが自ら習得するディープラーニング(特徴表現学習や深層学習とも)が登場したことが、ブームの背景にあります。

第一次人工知能ブームから第二次人工知能ブームにかけて、冬の時代を迎えていますが、ブームの終焉には、AIが実現できる技術的な限界よりも、世間がAIに対して期待する水準が上回っていて、その乖離が明らかになることでブームが終わったと評価されているようです。
個人的には、これまでのブームと違って、実用化の域に来ている第三次人工知能ブームは、そこそこ長く続きそうだなぁ…と思っています。もちろん、ブームで終わってしまう部分もあるとは思いますけどね。

AIは人に置き換わる?

2016年の3月に、AlphaGo(アルファ碁)(Googleの子会社が開発)が、韓国の囲碁トップ棋士の一人である李九段と5番勝負を行い、結果、4勝1敗で勝利しました。で、業界的にはざわついたわけなんですが、なんで、ざわついたかというと、これまでも、チェスやら将棋やらでチャンピオンとか名人に勝っていましたが、碁は、チェスや将棋に比べて盤面が広いので、パターン数が桁違いに多くて、AIが勝つのはもうちょい先ですかねぇ…みたいな話が出ていたので、実は、この碁での勝利というのが、AIが各段に進歩してるじゃん!とざわついたわけです。
まぁ、そんなざわつきも含めて、AIって自分で学習しちゃうわ、判断しちゃうわで、人間にとって代わられるんじゃないかという話になりがちです。総務省が行った「ICT の進化が雇用と働き方に及ぼす影響に関する調査研究」の中で、下図のような調査結果があります。


出典:「平成28年版情報通信白書」(総務省)

このように、日本とアメリカでAIに対するイメージに違いがあったりします。なんとなくですが、日本では、「AI=人間に置き換わるもの」というのがイメージの根幹にあって、そのために、人間にとって代わられるみたいなイメージがあるような気がしますよね。機械化可能性が高いとされる職業と低いとされる職業で、調査結果に、大きな傾向の違いは見られないことからも、まぁ、意識の根底は、日米における環境で違っている可能性は高そうだな…とは思いますよね。

…と、本日は、ここまでです。
入門編としては、もうちょい書きたいことがあるのですが、それは、また第二弾で書きたいと思います。
まずは、うすぼんやりとしたAI入門なのでした…。

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